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眠り猫の旅日記

かつて訪れた思い出深いインド、カンボジア、バリ島、タイなどの旅行記をまとめてみました。日本国内編もあり。
Angkor Wat(アンコール・ワット) 蓮の池
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蓮の花が咲いている池に映るアンコール・ワットは、多くの観光客が同様に写真に一枚収めて帰る。


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至る所に出没する巡業中の“見習い”お坊さん。
自然の力
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こんな風に、遺跡を覆い尽くしてしまう樹木の生命力と力強さに驚かされる。やはり自然にかなうものはないな、と思ってしまう。


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石と石の狭間まで根が入り込んでいる。
反対側から見たBaKong(バコン)
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BaKong(バコン)は、881年にインドラバルマン1世により建立された国家寺院。

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Ta Prohm
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Ta Prohm(タ・プローム)は、1186年にジャヤバルマン7世が母親のために建立した仏教寺院。この場所の見所は、押しつぶしてしまうのではないかという勢いで遺跡を覆い尽くしているスポアンという巨木(ガジュマルの一種)。発見当時の状態に保たれており、自然の偉大さを目の当たりにすることができる。

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カンボジアの微笑み
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Angkor Wat(アンコール・ワット) 回廊編
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華麗な立ち居振る舞いで人々を魅了する"Apsara"(アプサラ)。
"Apsara"(アプサラ)とは、「神々を楽しませるための天上界の踊り子」なのだそう。


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完成度の高いレリーフが、広大なスケールで壁の端から端まで施されている。ひとつひとつのレリーフに、数々の伝説、戦争の歴史などが刻まれている。


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観光を終えて、アンコール・ワットの外に出るととても綺麗な夕空だった。
Prasat Kravan (プラサット・クラバン)
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921年に建立されたヒンドゥー教の寺院。


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内部には壁一面レリーフが施されている。
風化のために損傷していたレリーフを、1964年からフランスの遺跡保護グループが修復活動を行い、現状態まで復元した模様。


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中央塔は内部から見ると、煙突状に空洞になっている。

プール沿いでのひととき
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お昼休憩のときと、夕方観光から帰ってきた後、ホテルのプールで暑さをしのぐ。

プールのリフレッシュ効果は絶大。どんなに暑さでへたばって帰ってきても、プールのひんやり効果のおかげで、生き返った気分になる。近くに海がない地域を旅する場合、私達にとってプールがあるか否かは、ホテル選びの重要なポイントになっている。


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ホテルで飼われているシロテナガザル。
朝食バイキングに出るバナナで買収に成功。
Angkor Thom(アンコール・トム) 1
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遺跡の入り口付近。


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中は、吹き抜けの回廊。
それほど大きな建物ではないが、通路が入り組んで迷路のようになっている。


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やはり、線香番のおばあちゃんがいる。


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至る所にある彫刻は、ひとつひとつ顔立ちや表情が違う。


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深い瞑想の微笑。


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バイヨンの四面仏があちこちに並ぶ。
笑顔の傍らにあるもの…
Angkor Thom(アンコール・トム)の傍らに、一人寂しく佇んでいたこの少女。目が合うと、はにかんだ笑顔を見せた。私達があちこち見て回っている間も、微妙な距離を保ちつつ、後についてくる。
目が合うと、またにっこり。


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写真を一枚とって、お礼に飴玉をあげた。


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すると満面の笑みを浮かべながら、両手を丁寧に合わせ、カンボジア式のお礼の挨拶をしてくれた。

本当のところ、「お金を頂戴。」と言いたかったのかもしれない。
実際に、子供に物乞いをさせて生活している家族も多い。少女の着ていた洋服も汚れてぼろぼろだった。しかしそうかと言って、子供のうちから、観光者に対して卑屈になるような習慣をつけるのも、精神衛生上よくない気もする。

いろいろ考えた末の解決策として、かばんの中には、常に飴玉やボールペンなどをたくさん常備している。物をあげるのも、やはり一時的な気休めにしかならないのかもしれない。しかし、お金なら両親の懐に納まるのに対して、飴玉なら直接子供たちの口の中に入る。

この無垢な笑顔が、これからも失われないことを祈っている。


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