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Pondicherryのマーケットから歩いて帰る途中に、突然お寺の境内から現れた“ゾウ”。

ヒンドゥー教徒にとって、ゾウはガネーシャと呼ばれる神様の化身。
この“ガネーシャ”、パパであるシヴァ神(“破壊”の神)が、その首を切り落として投げ捨てたものの、後で自分の子供だと分かり、慌てて探しにいってみたものの“頭”が見つからず、結局その辺にいたゾウの頭を切り取って持ち帰り、つなぎ合わせて出来た、というなかなか面白いエピソードをもつ神様。
ちなみに、ヒンドゥー教徒であるPadminiは、うちの旦那さんのことを“ガネーシャ”と呼んでいた(笑)。まあ、確かにちょっと似てるけどね…。彼は“ポジティブ思考”なので、全く気にしてなかったけど、もう少しデリケートな人だったら傷ついてたかも…(?!)

「ちょっとそこまで巡礼に行って来ます。」だそうです。
ヒンドゥー風のお化粧もばっちりきまっている!!
ちなみにこのゾウさん、希望者には“洗礼”を施してくれる。
ゾウの前にかがむと、鼻先でもって、頭を軽く数回触れる動作をする。
どこの国に行っても、必ず訪れるのがマーケット。
その国の食事情や日常文化が手に取るように分かってなかなかおもしろい。
早速、探検開始…。

Pondicherryのマーケットに集う人々は、“人懐っこい”というのか、カメラに慣れているのか、皆さん「写真撮って、撮って!!」という感じで、私の周りを取り巻く。
注)一番左の、おばあちゃんの“鼻ピアス”に注目。額の赤いぽっちは、“第三の目”の象徴らしいのだが、赤と白とあるのはどんな違いなのだろう…。

八百屋さんたちも、カメラを向けると、笑顔でポーズをとってくれる(笑)。


食べるのにちょっと躊躇してしまいそうなくらい(笑)、色鮮やかなパスタたち。

手前のおばちゃんのサリーの色の合わせ方がなかなか素敵。
注)ここでも、おばちゃんの“鼻ピアス”に注目。
その国の食事情や日常文化が手に取るように分かってなかなかおもしろい。
早速、探検開始…。

Pondicherryのマーケットに集う人々は、“人懐っこい”というのか、カメラに慣れているのか、皆さん「写真撮って、撮って!!」という感じで、私の周りを取り巻く。
注)一番左の、おばあちゃんの“鼻ピアス”に注目。額の赤いぽっちは、“第三の目”の象徴らしいのだが、赤と白とあるのはどんな違いなのだろう…。

八百屋さんたちも、カメラを向けると、笑顔でポーズをとってくれる(笑)。


食べるのにちょっと躊躇してしまいそうなくらい(笑)、色鮮やかなパスタたち。

手前のおばちゃんのサリーの色の合わせ方がなかなか素敵。
注)ここでも、おばちゃんの“鼻ピアス”に注目。
03年ー04年の年末年始。
私達はインド旅行に旅立った。
旦那さんにとっては、十数年ぶりのインド。
私にとっては、初めてのインド。
お互いにそれぞれの思いを抱えて、インドの南東、Chennai チェンナイ(=Madras マドラス)の空港に降り立った。そこは、タミールというヒンドゥー教徒の民族が住む地方。インドほどの巨大な国だと、様々な宗教(ヒンドゥー教、イスラム教、仏教、密教など)が混在し、言語も多様。
英国の植民地時代の影響もあり、公用語は“英語”ということになっている。(フランス領、ポルトガル領などの一部の地域を除く。)そうはいっても、やはり"Indian English"なので、独特のアクセントが印象的。インド人同士でも、生まれた地方、カーストが異なれば、英語で話すのが当たり前という感じである。
今回の滞在は、旦那さんの友人であり、在インド歴20年以上になるフランス人女性(パリジェンヌ)のChristineのところでお世話になった。彼女は、亡くなった旦那さん(同じく仏人)との間に生まれた息子の他に、ブラジル生まれの男の子と女の子、タミール人の女の子を養子に迎え、度々ヴァカンスのために、フランスに訪れる以外は、完全にインドのPondicherry(ポンディシェリ)に拠点を構えて生活している。
空港には、彼女が手配してくれた運転手のAlfonceが迎えにきてくれていた。(Pondicherryは、かつてフランス領であったため、タミール人でもフランス風の名前の人が多い。)彼の車で、2時間半程の道のりを経て、ようやくPondicherryに到着したのだった。

左からAlice、Christine、Padmini
私達はインド旅行に旅立った。
旦那さんにとっては、十数年ぶりのインド。
私にとっては、初めてのインド。
お互いにそれぞれの思いを抱えて、インドの南東、Chennai チェンナイ(=Madras マドラス)の空港に降り立った。そこは、タミールというヒンドゥー教徒の民族が住む地方。インドほどの巨大な国だと、様々な宗教(ヒンドゥー教、イスラム教、仏教、密教など)が混在し、言語も多様。
英国の植民地時代の影響もあり、公用語は“英語”ということになっている。(フランス領、ポルトガル領などの一部の地域を除く。)そうはいっても、やはり"Indian English"なので、独特のアクセントが印象的。インド人同士でも、生まれた地方、カーストが異なれば、英語で話すのが当たり前という感じである。
今回の滞在は、旦那さんの友人であり、在インド歴20年以上になるフランス人女性(パリジェンヌ)のChristineのところでお世話になった。彼女は、亡くなった旦那さん(同じく仏人)との間に生まれた息子の他に、ブラジル生まれの男の子と女の子、タミール人の女の子を養子に迎え、度々ヴァカンスのために、フランスに訪れる以外は、完全にインドのPondicherry(ポンディシェリ)に拠点を構えて生活している。
空港には、彼女が手配してくれた運転手のAlfonceが迎えにきてくれていた。(Pondicherryは、かつてフランス領であったため、タミール人でもフランス風の名前の人が多い。)彼の車で、2時間半程の道のりを経て、ようやくPondicherryに到着したのだった。

左からAlice、Christine、Padmini
カンボジア、またいつか訪れたい国のひとつ。
遺跡が素晴らしいのはもちろんのこと、クメール人の温厚な人柄も魅力。
そして、どこにいっても観光地にはつきもののガイドだが、そのレヴェルの高さに驚かされた(個人的な印象として…)。例えばアンコール・トムにて、現地ガイドの女性を連れた日本人のグループに出くわしたのだが、耳を澄まして聞いてみると、その日本語の素晴らしさに感心してしまった。
決まりきった解説を丸暗記しているのであれば、それほど驚かなかったかもしれないが、日本人観光客から飛ぶ数々の質問に対する明快な応答、場と状況にあった適切な単語の選び方、敬語の使い方、どれをとっても素晴らしい日本語だった。また日本語以外には、英語はもちろんのこと、フランス語、スペイン語、ポルトガル語など、様々な国の現地ガイドが活躍している。
彼らのように才能を生かして活躍しているクメール人を見かけると、カンボジアの未来に対する“頼もしさ”を強く感じる。
しかしながら、途上国の中でも、発展が進んでリッチなタイに比べると、まだまだ貧困の影が強く残るカンボジア。地雷もあちこちに残っている。地雷の被害にあって手足を失った人々、あるいは手術でわざと手足を切り取った人々が、ぼろ布をまとい、わずかな小銭を求めて道ばたに座り込んでいる。さらにひどいのは、貧困に苦しむあまり、子供たちが人身売買でタイに売られていくこと。タイ人ブローカーにいいように言いくるめられた親たちは、単なる“出稼ぎ”と信じ、子供の帰りを待ち続けるが、一度カンボジアを離れた子供たちは、二度と帰ることはない。
ちなみに、私達がシアムリアプに滞在している最中にこんなことがあった。観光で訪れたタイ人のグループが、日本車の4WDを見せびらかすように乗り回し、わざととのろのろ運転をして地元タクシードライバーを挑発していた。また反対に、タイ人の高圧的な態度に耐えかねてタイ人経営のホテル(私達が滞在していたホテルの近く)がクメール人に襲撃されて焼き払われたりと、本当に仲が悪い。
近隣諸国との関係は、複雑に絡み合い、かなり深刻な問題を数多く抱えている…。
遺跡が素晴らしいのはもちろんのこと、クメール人の温厚な人柄も魅力。
そして、どこにいっても観光地にはつきもののガイドだが、そのレヴェルの高さに驚かされた(個人的な印象として…)。例えばアンコール・トムにて、現地ガイドの女性を連れた日本人のグループに出くわしたのだが、耳を澄まして聞いてみると、その日本語の素晴らしさに感心してしまった。
決まりきった解説を丸暗記しているのであれば、それほど驚かなかったかもしれないが、日本人観光客から飛ぶ数々の質問に対する明快な応答、場と状況にあった適切な単語の選び方、敬語の使い方、どれをとっても素晴らしい日本語だった。また日本語以外には、英語はもちろんのこと、フランス語、スペイン語、ポルトガル語など、様々な国の現地ガイドが活躍している。
彼らのように才能を生かして活躍しているクメール人を見かけると、カンボジアの未来に対する“頼もしさ”を強く感じる。
しかしながら、途上国の中でも、発展が進んでリッチなタイに比べると、まだまだ貧困の影が強く残るカンボジア。地雷もあちこちに残っている。地雷の被害にあって手足を失った人々、あるいは手術でわざと手足を切り取った人々が、ぼろ布をまとい、わずかな小銭を求めて道ばたに座り込んでいる。さらにひどいのは、貧困に苦しむあまり、子供たちが人身売買でタイに売られていくこと。タイ人ブローカーにいいように言いくるめられた親たちは、単なる“出稼ぎ”と信じ、子供の帰りを待ち続けるが、一度カンボジアを離れた子供たちは、二度と帰ることはない。
ちなみに、私達がシアムリアプに滞在している最中にこんなことがあった。観光で訪れたタイ人のグループが、日本車の4WDを見せびらかすように乗り回し、わざととのろのろ運転をして地元タクシードライバーを挑発していた。また反対に、タイ人の高圧的な態度に耐えかねてタイ人経営のホテル(私達が滞在していたホテルの近く)がクメール人に襲撃されて焼き払われたりと、本当に仲が悪い。
近隣諸国との関係は、複雑に絡み合い、かなり深刻な問題を数多く抱えている…。
首都Phnom Pehn(プノンペン)から再びバスで移動。
4時間程の道のりでSihanoukville(シアヌークヴィル)に到着。
Sihanoukvilleは本来は漁村なのだが、白い砂浜のビーチが広がり、観光客が集まるところでもある。

私達が滞在したバンガロー。
モスキートネット付きのベッドがあるだけの部屋。
もちろんお湯は出ないので、水シャワーのみ。
早速すぐ近くのビーチに足を伸ばして、日光浴をしていると…。

“売り子”のターゲットになってしまった(笑)。

別にお腹がすいているわけでもないので「後でね…。」と言うと、本当に“後で”やってくる。仕方がないので、パイナップルを食べるはめに…。まあ、美味しいんだけどね。その場ですぐ切り分けてくれる女の子。

商売上手だねえ(笑)。
4時間程の道のりでSihanoukville(シアヌークヴィル)に到着。
Sihanoukvilleは本来は漁村なのだが、白い砂浜のビーチが広がり、観光客が集まるところでもある。

私達が滞在したバンガロー。
モスキートネット付きのベッドがあるだけの部屋。
もちろんお湯は出ないので、水シャワーのみ。
早速すぐ近くのビーチに足を伸ばして、日光浴をしていると…。

“売り子”のターゲットになってしまった(笑)。

別にお腹がすいているわけでもないので「後でね…。」と言うと、本当に“後で”やってくる。仕方がないので、パイナップルを食べるはめに…。まあ、美味しいんだけどね。その場ですぐ切り分けてくれる女の子。

商売上手だねえ(笑)。
シアムリアプでの10日程の滞在を終え、バスで9時間かけてプノンペンへ。
かなり使いこなされてあちこちギシギシいっているバス。道もかなり悪く、道路の真ん中に直径1メートル程の穴がぼこっと空いていたりする。「夜は車では走りたくないな…。」と内心思う。
道中何カ所か休憩地点があり、バスから降りると、飲み物やら食べ物やらお土産やらの売り子たちが群がる。その子供たちの中の一人におもしろいものを売っている少女がいた。

「ちょっとそこのお嬢ちゃん、そのお皿の上のものは何?」

答え:巨大クモの唐揚げ。
ひぇーっと退く私に対して、隣にいたカンボジア人の若い女性は、嬉しそうに買い求めていた。地元民にとってはなかなかの珍味らしい…。

売り子の少年少女たち。
かなり使いこなされてあちこちギシギシいっているバス。道もかなり悪く、道路の真ん中に直径1メートル程の穴がぼこっと空いていたりする。「夜は車では走りたくないな…。」と内心思う。
道中何カ所か休憩地点があり、バスから降りると、飲み物やら食べ物やらお土産やらの売り子たちが群がる。その子供たちの中の一人におもしろいものを売っている少女がいた。

「ちょっとそこのお嬢ちゃん、そのお皿の上のものは何?」

答え:巨大クモの唐揚げ。
ひぇーっと退く私に対して、隣にいたカンボジア人の若い女性は、嬉しそうに買い求めていた。地元民にとってはなかなかの珍味らしい…。

売り子の少年少女たち。















